建設工事


 ■三ヶ島小学校

 明治5年学制発布により、三ヶ島村は「北野村」・「山口村」・「上山口村」と協力して、旧手習い師匠北野村字広谷、沢田新太郎(泉山)氏の塾室(狭山学校)を以って校舎とし子弟を教育を始めました。
 その後「妙善院」で寺子屋式授業が行われてきましたが、明治35年に小学校校舎の建設が着手され、同35年春4月に三ヶ島村立として開校されました。この校舎は木造平屋一棟でした。 この小学校こそが、現在の「市立三ヶ島小学校」の前身になります。

 ■多摩湖・狭山湖工事

  近隣の、多摩湖・狭山湖の工事が大正・昭和初期にかけ行われ、多くの人々がこれに参加しこの地方の住民は他の地方の人々に比べ、経済的には恵まれている環境に有りました。

 所沢市三ヶ島

                                        狭山湖

 ■県道所沢−青梅線開通

  明治35年頃、当時の村議守谷与宗治氏らにより「県道所沢−青梅線」が建設されました。この工事は、当時の地検者らの猛反対のなか進められ、新道は開通されました。
 その後大正になり、宮寺の橋本商会により乗合自動車が通い始め郵便物などと一緒に人を運びました。それは、1日に2〜3本でしたが、停留所でなくても手を挙げて合図をすることでも停まり乗せてくれ便利なものでした。
  更に、昭和の初め西武バスの運営することとなり現在では重要な交通機関として発達しました。

 所沢市三ヶ島

                                      西武球場

OGINO ARCHITECTS & ENGINEERS